“日本一地上で低い駅”を目指して、愛知の西へ - 名鉄尾西線・一宮~弥富 –

 愛知県西部を通る名鉄尾西線はかつて尾西鉄道によって建設され、特に弥富~津島は名鉄路線の中でも最古の歴史を持っている。南端の区間は海抜0m地帯を通っており、弥富駅は地上駅では日本で一番低い標高にあると言われる。

 今回は名鉄尾西線の名鉄一宮駅より、弥富を目指して乗りつぶしに行ってきた。

1.一宮~森上

 弥富へ向けて、名鉄一宮駅からスタートする。津島・弥富方面へ向かうルートの末端であるが、名鉄一宮駅は尾西線の終点というわけではない。尾西線自体は玉ノ井〜弥富の路線であり、全長は約30.9km。そこまで長距離路線ではないのだが、まず、一宮を境に分かれており、玉ノ井方面から津島方面、また津島方面から玉ノ井方面へ直通はしない。(一宮に着いた車両が、そのまま玉ノ井行きの車両に使われることはある。) また、基本的に一宮・森上方面からやってきた尾西線車両は津島止まりとなる。津島以南へ直通しているのは主に津島線の列車となるため、尾西線の区間内であるが実質津島線の一部になっている様な扱いである。今回一宮から乗車した列車も津島行き。
 一宮駅の尾西線ホームで1番線のみであるため、同一のホームから津島・玉ノ井の逆方向へそれぞれ電車が発車していく。ややこしい状況なので、尾西線ホーム部分の壁にも注意書きがある。津島方面は名鉄一宮駅から南方向で、少々名鉄名古屋本線と並走した後に西側に向かってカーブしていく。

 名鉄一宮から2駅目の苅安賀、4駅目の萩原と、行き違いができる駅が立て続けにある。名鉄一宮~森上の区間は単線となっており、毎時4本前後の列車を捌くにはこれらの設備は必要不可欠。
 名神高速を潜り、東海道新幹線を潜り、景色に木が多くなってきたと思うとまもなく、森上駅に着く。春夏は、車窓は沢山の木々の緑色に覆われているが、秋になれば一転輝かしい黄色になる。森上駅の存在する祖父江町周辺は銀杏の名産地であり、何本ものイチョウの木が植えられている。

 森上は尾西線の主要駅の一つで、基本的に列車が入線してくる島式ホームに、駅舎がある単式ホームの計3線の駅。ホーム間は構内踏切で移動する。1番線は北側で通行止めとなっていて、始発列車や留置に使われているが、名鉄が貨物を取り扱っていた時代には「三興製紙」工場への専用線が分岐していたという。現在専用線跡はほとんど道路に転用されているが、駅前の駐輪場部分、及びその先線路に対して斜めに延びるの抜け道(?)がかつて線路跡として分かりやすい。

 どこから飛んできたのか、柱の陰には大きなバッタ。駅は住宅地の真ん中にあるが、少し離れれば広大な農地が見られる。
古くからの地域であるが、近くの学校への通学客がいる事もあり、長閑な雰囲気ながら利用者は多い。



2.森上〜津島

 津島方面へ向かって森上駅を出ると、少しだけ単線区間を経て、複線区間になる。これ以降尾西線はしばらく複線のまま、優等列車による追い越しが無いため退避施設も無い。比較的直線の区間が長いため、先頭車から観える真っ直ぐ伸びたレールは爽快な景色でもある。

 やがて津島の街が近づいてくると高架となり、津島線と合流して津島駅にたどり着く。津島駅の手前では複線だった尾西線が単線となり、津島線へと合流していく。地図を見ていると津島駅以南も尾西線区間であるため尾西線に津島線が合流している様に思うが、実際には津島線が本流扱いされた配線をしている。

 乗ってきた2両編成の普通列車は津島に着いた後、一宮へと折り返して行った。

 津島駅の外観。2階建ての立派な駅舎、比較的広い駅前ターミナル、構内や高架下に並ぶテナントゾーン。残念ながら今や営業している店舗は少なく物寂しいが、決して利用者が少ないわけではなく、天王祭や藤祭り等を目的に観光客で賑わう時期もある。

 こちらは、津島駅東側(愛知県の事務所の敷地内)にある水準点に設置された看板。愛知県西部の地域では地盤沈下が問題となっている。昭和39年から1m以上沈下しているらしい。もともと0m地帯が広がっている地域でもあり、大きな河川に囲まれ海にも迫っているため、決して良い事ではない。
 津島の中心部だとまだあまり分かりにくいが、弥富や蟹江などでは、橋の上から川と地面を見比べれば目に見えて水面の方が高かったり、縦横無尽に水路が張り巡らされていたりといった0m地帯故の景色が見られるようになっていく。



3.津島〜弥富

 尾西線は一宮を境に津島方面、玉ノ井方面が別々の路線の様に扱われているが、津島駅南北でも雰囲気が異なってくる。津島から弥富方面へ出発すると、佐屋駅までは複線のまま進む。佐屋から弥富までは再び単線区間となり、途中に交換設備がないため、1編成の列車しか入線できない。急行などは佐屋で折り返すため、弥富まで直通するのは普通電車(各駅停車)のみとなる。

 国道155号を跨ぐ部分ではその前後区間で一時的に高架区間(盛土→橋梁→盛土)となるが、複線分の用地が確保されており、架線柱も複線用の幅のものが使われている。橋部分は後から複線用に増設しようとすると大きな工事になるため、事前に複線化を見越して準備がしてある。

 佐屋~弥富間には五ノ三駅があるがホーム長は短く(4両編成まで)、ここまで来ると津島以前に感じられたようなローカルな趣が強くなってくる。五ノ三駅の少し北から弥富市に入る。(市境が少々入り組んでおり、五ノ三駅南部でわずかに愛西市の区域を通過する。) 五ノ三駅は尾西線の終点ではないものの、弥富駅まで尾西線は西側に緩く弧を描く様に回り込んでいるルートのため、五ノ三駅が尾西線の中で最西端の場所にある駅である。さらに、終点の弥富駅や近鉄弥富駅は五ノ三駅から見て南東方向にあり、すぐ西を木曽川が流れその向こう側は三重県となるため、五ノ三駅は愛知県の中でも最西端に存在する駅となる。

 五ノ三を出ると次は終点・弥富であるが、2006年まではこの間に弥富口駅が存在した。県道40号との立体交差で高架駅となっており、単線区間であるが複線用の高架が造られ、ホームも上下線それぞれ造られていた。しかし最後まで単線での利用のまま、交換設備として整備される事もなく、結局片側は使われる事なく廃止となった。高架化は昭和58年に完成したとの事なので比較的新しい。少なくともその頃は複線化を視野に入れていたわけだが、駅が廃止されてしまうほどの区間で今後複線化が成される時は果たして来るのか…

 弥富駅に近づくと、レールは東に向かってカーブ。JR関西本線が見えてくるとまもなく弥富駅であり、尾西線のレールが続くのもここまでとなる。

 海抜約マイナス0.93mと海面よりも低い位置にあり、かつて伊勢湾台風の際には隣の五ノ三駅と共に水没し、長期にわたって浸水被害に合った。「地上で日本一低い駅」とも呼ばれる。名鉄尾西線と関西本線は隣同士どころか、同一の構内を共有して使っている。(管理はJRが行っている。)

 尾西線が入る島式ホームは、もう片方が関西本線ホームとなっているため、すぐ隣に関西本線の車両が入ってくる。

 ホーム上にはJRから名鉄、名鉄からJRへの乗り換え用の簡易改札機が設置されており、ICカードを利用する場合はこれをタッチする。弥富駅には改札口が無いので駅舎にも簡易改札機が設置されており、2か所それぞれでタッチする必要がある。駅舎で弥富駅の入出場、ホーム上でJRと名鉄の乗り換え(弥富→弥富で0円)をチェックする様な状態。

 昔は貨物輸送もあり、JRと名鉄の間に渡り線があったらしい。側線や広い構内はその名残とも言える。
 また、尾西線の開通当初は津島の祭事のため、国鉄からの直通列車が運転された歴史もあるとの事。弥富駅は観光にも産業にとっても拠点となる地点であり、尾西線はその役目を果たす重要な路線だった。

 弥富駅の南には近鉄弥富駅があり、駅舎を出て徒歩5分もかからない。そのため名鉄、JR、近鉄の3社間で乗り換えする事もできる。弥富駅は名古屋駅に次いで両社の路線が近づいている場所である。

 尾西線とホームを共有する関西本線は名古屋へ至るため、尾西線を通して名古屋→津島→弥富→名古屋の、まさかの環状運転が可能だった…かもしれない。また、隣接して並走する近鉄名古屋線も、名古屋で名鉄本線と繋がっていた過去がある。
 なお、尾西線から津島を経由して名古屋に向かうと40分以上かかるが、関西本線や近鉄であれば約半分の時間で済んでしまう。(しかも安い…)名古屋行きのルートとしては役割を関西本線、近鉄に譲ってしまった状態であるが、未だ尾張西部の通勤・通学路線としては欠かせない存在と言える。


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